幻夢心伝 〜人と妖を結ぶ刀〜 第五話 日常

空想の焔
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第五話 日常

「ん……」

ゆっくりと目が開き、徐々に意識が覚醒していく。どうやら昨日はいつの間にか眠っていたらしい。

「……!」

ふと、昨日の父の状態を思い出し、急いで壁の方を見る。

「よっ!おはよう」

父は昨日の怪我がなかったかのように、平然と朝の挨拶をしてきた。

「父さん、昨日の傷は大丈夫なの?」

そのあまりの自然さに、思わず普通に挨拶を返しそうになるが、なんとか傷の具合を聞く。

「ああ、一晩寝たらこの通り。もう大丈夫だ。心配かけたな」

そう言って、身体をばしばしと叩いている。

「そう……みたいだね」

昨日の傷は一晩眠っただけで治るようなものではなかったはずだが、父の回復力はどうやら規格外らしい。

「そうだ、零。久しぶりにお前のトレーニングに付き合うぞ。どれだけお前が成長したのか、見せてくれ」

「……!」

不意に父が僕のトレーニングを見てくれると言ってきた。

「うん!わかったよ!」

父と一緒に過ごすというのは久しぶりだった。

父は普段、妖怪退治のために村周辺の見回りをしていて、僕と過ごす時間があまりない。

そんな父と共に過ごす時間はとても貴重なのだ。

そうと決まれば、急いで朝食の準備をしよう。

朝食といっても僕達の家は貧しい。基本、あわを粥にした物を食べている。

「準備できたよ!」

「おう。作らせちまって悪いな」

粥を器に入れ、父に渡す。

「そういえば、なんでいきなりトレーニングを見てくれる気になったの?」

「ん、まあ……昨日の怪我もあるし、今日くらいは見回りを休もうと思ったわけだ。それで時間ができたんだ。前からお前のトレーニングを見たいって思ってたし、ちょうど良い機会だったんだよ」

「そっか……それじゃ、トレーニングの成果を見せてあげるよ。前に教えてもらった腕立て伏せや腹筋もかなり出来るようになったんだ。驚かないでよ」

「そりゃ楽しみだ」

父は楽しそうに笑っている。

刀をもっと振りたい──

その僕の願いに、父は「それならもっと身体を鍛えないとな」と僕に腕立て伏せや腹筋などのトレーニングを教えてくれたのだ。

一体どこでそんな知識を得たのかは謎だが、それ以来僕はそれらのトレーニングをこなし続けている。

粥を食べ終わり、父と共に外に出る。

軽くストレッチをして身体を伸ばす。

草鞋を脱ぎ、裸足になる。

「よし!じゃあまずは腕立て伏せから!」

腕立て伏せの体勢をとる。

身体は地面と並行に保ち、腕は肩幅に開く。

膝を曲げ、地面に顎をつけてから、また元の位置まで身体を上げる。

「一! 二! 三!……」

回数を数えていく。

「う……ぐ……五十九……」

バタリ、と地面に身体が倒れてしまう。

最高記録は六十一回だ。

く、悔しい。

するとぱちぱちと拍手が聞こえてきた。

「流石だな零。最初は一回も出来なかったのにこんなに出来るようになるなんてな」

「まだまだだよ……もっと出来るようになりたいんだ」

「その意気だ。お前ならまだまだ出来るようになるさ」

父は心なしか嬉しそうにしながら頷いている。

次は腹筋だ。

膝を曲げ、手を頭の後ろで組む。

視線は自分の臍に固定し、肘が膝につくまで上体を起こす。

「一! 二!……」

「……はぁ……はぁ……百!」

頭を地面につき、空を見上げる。

「凄いじゃないか!百回も出来るなんて」

その言葉に思わず笑みが溢れる。

腹筋には自信があったのだ。予想通りの驚きの言葉に、満ち足りた気分だった。

しばらく地面に横になる。

今ので力を使い果たしてしまったので、なかなか起き上がることが出来ない。

「それじゃ……少し休憩しようか」

父はそう言って水を僕に渡してくる。

「はぁ……はぁ……ありがとう」

それを受け取り、一気に飲み干す。

乾いた喉に冷たい水が心地良い。

「それにしても、驚いたぞ。ここまで出来るようになってるなんてな」

そう言って、父は僕の頭をわしわしと撫でてきた。

僕は気恥ずかしくて、少しだけ俯いた。

──

「今度は素振りを見せてくれないか?」

しばらく休憩した後、父が刀を渡してきた。

「いいよ。素振りも何回もしたから、たぶん上手くなってると思う」

こんな曖昧な答え方をするのは、自分の素振りを客観的に見たことがないからだ。剣の師匠など僕にはいないため、ただひたすら刀を振っているだけに過ぎない。

刀を父から受け取り、構える。

すると、それまでに感じていた不安や疲労、その他一切の雑音が自身の中から消え失せる。

ただいつものように刀を振り上げて、下ろす。

ヒュンッと鳴る風切り音が心地良い。

何度かそれを繰り返す。

気がつけば、額には汗が浮かんでいた。

素振りを終わり父の方を見ると、父は目を見開き、何事かを考え込んでいた。

「父さん?」

声をかけると父ははっと我に帰ったように、笑いながら僕を称賛した。

「綺麗な素振りだな。綺麗すぎてびっくりしちまったよ」

「そう……かな? やった……」

素振りを褒められ、胸に歓喜の気持ちが湧いてくる。

自分がやっていたことが間違っていなかったのだと、認められたような気がした。

「そう言えば、その刀の銘をまだ教えていなかったな」

歓喜に身を震わせていると、父がそんなことを言い出した。

「銘? この刀に銘なんてあったの?」

そんなことは初耳だ。

「ああ、もちろんあるさ。その刀はな、これからお前と共に在り続ける、お前の半身みたいなものになるだろう。だから銘ぐらいは知っておけ」

「半身……」

ギュッと刀を握る。

「ああ、そいつはな──朧夜って言うんだ」

「朧……夜」

「ああ、お前の相棒の銘だ。忘れるなよ」

改めて朧夜を見る。

その漆黒の鞘は鈍い光沢を放っており、その様は、銘を知られてどこか喜んでいるように見えた。

「零くん!」

ふと、誰かの呼ぶ声が聞こえた。

声の方へ振り向くと、小雪が口に手を当て、いかにも大声を出しましたよと、言っているようなポーズをしていた。

「お、友達か? 父さんにも紹介してくれ」

父さんは僕に友達がいたのがよほど嬉しいのか、目を輝かせている。

僕は小雪の方へ行き、要件を尋ねた。

「どうしたんだ? 家に来るなんて珍しい」

「うん。別に用事なんてないんだけどね……

今日は零くん、どうしてるのかなって思って」

「……?」

あまり理由は分からなかったが、父と小雪は初対面なので、お互いを紹介することにする。

「とりあえず、今日は父さんもいるから紹介するよ」

「お父さんって、あの銀色の髪の人?」

「う、うん。そうだよ」

変わった容姿の父に、小雪がどんな反応をするのか一瞬身構えてしまう。

「ほぇー、綺麗な色」

小雪はうっとりと、そう呟いた。

「……!」

初めての反応だった。

村の人間からは気味悪がられている容姿を、受け入れるどころか、綺麗だと言う人間を初めて見たのだ。

「……うん。自慢の父さんなんだ」

嬉しくなり、つい本音を話してしまった。

そんな僕を、ふふふと微笑ましげに見ている小雪に気付いて、顔を俯けた。

早足に父の方へ行く。

「紹介するよ。僕の父さんで妖怪退治をやっているんだ」

小雪に父を紹介する。

「はじめまして、小雪です。零くんとは仲良くさせてもらっています」

丁寧にお辞儀をした小雪に父も少し驚いたように息を漏らしていた。

「これはご丁寧にどうも。俺は零の親父で刀真って言うんだ。これからも零と仲良くしてやってほしい」

父もお辞儀をし、精一杯の丁寧さで挨拶を返していた。

「せっかく来たんだから、どうかゆっくりしていってくれ」

「はい!ありがとうございます」

小雪は嬉しそうに頭を下げていた。

「小雪、どうせだったらいつもの草原へ行こう」

なんだか気恥ずかしくなった僕は、父と離れようと、小雪に提案する。

「うん!行こ」

小雪は満面の笑みで僕の提案に乗ってくれた。

「じゃあ父さん、行ってくるよ」

「もう行くのか? 気をつけて行ってくるんだぞ」

父は少し残念そうにしていたが、僕は小雪の手を引っ張り、走り出した──

家から少し離れた草原に着く。

優しいそよ風が草を揺らしており、さらさらと音を立てている。その踊っている草達に柔らかい日差しは優しく降り注いでいた。

僕は小雪の手を離してその草の絨毯に腰を下ろし、刀を脇に置く。すると小雪も同じように隣に腰を下ろしてきた。

「……」

しばらく沈黙が続く。

「お父さん、優しそうな人だったね」

その沈黙を小雪が破った。

「うん。優しいよ……」

だからこそ妖怪と呼ばれ、敬遠されることに納得がいかない。

「……小雪はどう思うんだ? やっぱり妖怪だと思うか?」

父を見て、本当はどう思ったか……思い切って小雪に聞いてみることにした。

小雪はこちらに向き直り、言葉を選ぶように喋り出す。

「私は……確かに変わった姿をしてると思う」

「人間じゃないって言われたら納得しちゃうかもしれない」

「それでも──君のお父さんは君のお父さんだよ……たとえ妖怪だったとしても零くんを想う気持ちは変わらないと思う」

「…………」

たとえ妖怪だったとしても──

僕の父親であることには変わらない……か。

「……っ」

その意味を理解した時、今まで胸の奥を覆っていた霧が晴れていくのがはっきりと分かった。

僕は何をつまらないことで悩んでいたのだろう……

「ありがとう、小雪。なんだか目が覚めた気分だよ」

「ううん。私はさっき会った時に感じたことを言っただけだよ」

なんでもないことのように微笑みながら、小雪はそう言った。

その微笑みが、僕にはひどく眩しく見えた。

──

「そろそろ帰るか」

「もうこんな時間なんだね。もっとお話したかったけど、もう遅いし、帰らないとね」

空が茜色に染まり、虫の声が聞こえ始める頃。たわいもない会話をしていた僕達は帰り支度を始めた。

僕は脇に置いていた刀を持ち、小雪の方に向く。

「今日も家まで送ってくよ」

小雪はその言葉を聞くと、花が咲くような満面の笑みで頷いた。

「うん!ありがとう」

僕と小雪は二人並んで歩き出す。

とても穏やかな気持ちだった。父さんと、小雪と過ごす日常。

叶うことなら、こんな日々がこの先もずっと続いてほしい……そんな願望を胸に抱きながら、小雪の隣を歩く。

「……」

しばらく無言で一般民家エリアを進む。

…………

おかしい……妙に静かだ。

いつもならば、ここは子供の楽しそうに戯れる声や、村人が洗濯や料理をする生活音で満ちているはずだ。

それが今日は水を打ったように静まり返っている。

疑問を抱きながらも一般民家エリアを抜け、中央広場へと進む。

そのまま中央広場を歩き続け、神社へと続く石段に差し掛かった時──

「……っ!?」

突然、目の前が真っ白になる。声として成立していないノイズのような声が、頭の中を埋め尽くす。

「……ぐっ」

“怖い”  “憎い”  “殺せ”  “許さない”  

それはまるで呪いのような声だった。

「…….っ! 零くん!?」

たまらず頭を抑えて苦悶の声を漏らす僕に、小雪は慌ててかけ寄る。

「どうしたの!? 頭痛いの?」

心配気な小雪の声を尻目に、僕はこのノイズがより激しく鳴っている方に顔を向ける。

それは石段の上にある霞神社から発せられているようだった。

「……っ! なんだ!? あれは……」

そして、そこには黒、朱、紫、それぞれの色が混じり合ったような、どす黒いモヤのようなモノが覆っていた。

「うっ……」

なぜだろう? あのモヤを見ていると、ひどく気分が悪くなる。

目の前が暗転する。

「零くんっ!」

小雪の声が徐々に遠くなり、そのまま意識が途切れた──

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