
第四話 人の世
男は夢を見た。
それは──まるで男の永い永い人生を遡って見ているような、そんな夢だった。
男は一匹の妖怪だった。
それも荒御魂族という神の化身ともいわれる種族の生き残りだった。
いつ、どこで生まれ落ちたのかは分からない。
ただ気が付けば一匹、この世の移ろいゆく様を見続けていた。
ある時、彼は「人間」という種族を知る。
その種族は非力であり、単一の個体だけでは何も出来ない。だが、いくつもの個体が集まり、知恵を持ち寄り、それまで想像すらしなかった「文明」を築きあげた。
おそらく彼は妖怪の中でも変わり者だったのだろう。
彼はこの人間という種族にひどく惹きつけられた。
ある夜、ついに彼は人の形に化け、人里に降りた。
そこは別世界だった。
夜にも関わらず灯りが灯り、人々の話す声で満ちている。
ある者は酒に酔い、愉快気に鼻歌を歌っている。またある者は、賭け事に負けたのか悪態をつきながら地面の小石を蹴っている。
“面白い”
彼は生まれて初めて心が躍った。
それからというもの、彼は人里に降りては人に化け、人の営みをその目で見続けた。そしていつしか彼は、自身も「人間の友」が欲しいと思うようになった。
だが彼の容姿は人とは違う。長い銀髪に黄金色に輝く瞳。人とは似ても似つかぬ風貌をしていた。
誰一人として彼に近寄る者はいなかった。
彼は悲しみに暮れた。
変わり者の彼は、妖怪として帰ることも出来ず、しかし人としての居場所もなかった。
彼は孤独だった。
しかし、それでも彼は諦めなかった。
町から町へ──
人の世を渡り歩き続けて幾星霜──彼はある森に囲まれた村にたどり着いた。
そこは自然と人が共存し、その澄んだ空気は不思議と心が穏やかになっていくような、そんな村だった。
彼は早速村に降り、人々と交流を持とうと、いつものように陽気に振る舞った。
だが、やはり彼のその人間離れした外見に畏れを抱いた人々は、彼に近寄ることはなかった。
“この村でもダメか”
彼の心に微かに影が差す。
ある日、彼が村の外れを歩いていると、森に囲まれた小さな池の畔を見つけた。
そこには色とりどりの花が咲いており、小鳥たちが楽しげに戯れている。湖面は日の光を反射してキラキラと輝いており、とても眩しい。
だがなにより彼の目を引いたのは、そこに座る一人の女だった。
陶器のような白い肌に、漆黒の髪を腰まで伸ばしたその女は、小鳥たちと楽し気に戯れていた。
そして、その泣き黒子が印象的な視線がこちらを向く。
彼はびくり、と身体を強張らせた。
また拒絶される──
再び彼の心に影が差していく。
だが、不思議と女の瞳には怯えの色は浮かんでいなかった。
女は彼から瞳を逸らすことなく、口を開いた。
「あなた、妖怪さん?」
そこで男、刀真は目覚めた。
懐かしい夢だった。思えば、あれが妻との最初の出会いだった。
身体を少しだけ動かし、そして思い出す。
昨日は悪鬼との戦いで決して軽くはない傷を負ったのだった。
だがこの身は妖怪。
致命傷でないのなら、少し休めば傷は癒える。
あと少しで普通に生活する分には支障が出ないほどに回復するだろう。
ふと、まだ眠っている息子の方を見る。
自分よりも妻に似たその顔は、穏やかな顔をして寝息を立てている。
──すまないな
心の中で呟く。
この村での自分達の立場の低さは、この身が妖怪であるからだ。それでも、この村の神社の娘である妻と夫婦であったということで、しぶしぶこの村に住まわせてもらっているに過ぎない。
そのせいで、息子が村の子供達からいじめられていることも知っている。
本当はその場に行き、息子をいじめるなとゲンコツの一発でもくらわせてやりたいのだが、妖怪である自分が子供達に何かをすれば、更に自分達の立場が危ういことになるのは目に見えている。
「…………っ」
何もできないことが歯痒い。
せめて息子が逞しく生きていけるように、妖怪である自身に教えられることは決して多くはないが、少しでも何かを伝えていこうと思う。
──と
息子である零がみじろぎをし出した。どうやらもうすぐ起きる頃のようだ。
零が起きたらトレーニングに付き合うとしよう。
久しぶりなので、少し楽しみにしている自分がいる。この年頃の子供の成長は早い。どれだけ成長しているのか、楽しみである。
そこまで考えて、はたと気づく。
とても人間らしい思考をしている自分に……
思わず笑みが溢れ、呟く。
「俺も、人の親らしくなれているのか……小夜……」
今は亡き妻の名前を呟き、想いを馳せる。
その朝の静寂な時間は、優しい空気に包まれていた。

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