第二章 未来への道【第6節】憧れ

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第6節 憧れ

「えー、ではこれから新しい役職の任命式をしたいと思います」

店長が畏った様子で僕達を見渡しながら、紙を取り出す。

どうやら今回は新しいバイトの役職を決めるためのミーティングらしい。

どうせ僕は関係ないか──

なんせバイトに入ってもうすぐ半年になるにも関わらず、失敗ばかりなのだ。周りの人達に助けられ、なんとか続けられているが、そんな自分に役職なんて任せられるはずがない。

「では、バイト長は西中に任せる。頼むぞ、西中」

「はい。任命されたからには頑張ります」

パチパチと拍手が起こる。

西中さんか──

その人選は僕もなんだか嬉しい。彼はのんびりしているようでいて、実は周りをよく見ているのだ。僕も既に数えきれないほど助けられた。

「続いて、ホールリーダーは吉に任せる。吉、なんか言って」

「任命されたからには、より周りに気を配り、気持ちの良いホール環境を作っていきたいです」

再度拍手が鳴る。

吉さんも納得だ。彼も周りをよく見ていて、よく気付く。気遣いもすごいのだ。

「えー、では最後に……ボイスリーダーをリッキーに任命する」

「……!?」

僕が……役職を?

「リッキーなら、どんな時でも全力で声を出して、皆を元気付けてくれると思うので、任命しました」

パチパチパチ、と一際高い拍手が起こる。

「おー、リッキー頑張れ!」

「いい人選やね」

皆から肯定的な声が聞こえる。

初めてだった。

自分が役割を与えられ、それを認めてもらえるというのは──

──ボイスリーダー

客が店に来店する時と退店する時に、一番最初に声を出し、皆の発声を導く係だ。

これは常に客の動向に気を配り、タイミングよく大きな声を出さなければいけない。

できるだろうか──

一抹の不安がよぎる。

「リッキー、なんか一言ちょうだい」

「は、はい!頑張って声を出していくので、よろしくお願いします」

パチパチパチ、ともう一度拍手が起こった。

「以上でミーティングを終わります。この後バイトに入ってる人はそのまま残って頑張りましょう」

ミーティングが終わった。僕は今日バイトに入っていたので、このまま仕事をしなければいけない。

一度更衣室に戻り、服を着替える。

「お、リッキー今日バイトか。ボイスリーダー頑張れよ」

途中、バイトの先輩が更衣室にやって来て、僕に声援を送りながら帰って行った。

有難い──今の声援で少し元気づけられた。実はかなり不安だったのだ。

着替えが終わると自分の持ち場へ行き、開店の準備をする。

「じゃあリッキー、頼んだぞ」

店長がバシッと背中を叩いてくる。

「はい……任せてください」

少しヒリヒリする背中をさすりつつ返事をする。

カランカラン

その時、客の来店を告げるベルが鳴った。

──来た

僕は声を張り上げて発声をする。

「ようこそ〜!!」

「「「いらっしゃいませ〜」」」

皆が僕の後に続く。

「リッキー、良い声出してるね!」

ホールから賛辞の声が飛んでくる。

よし!声は出ているぞ──

しかし……これは責任重大だ。僕が発声をしなければ、他の皆は声を出すタイミングを掴めない。

その後も客足は途切れることなく続いていく。

カランカラン

「ようこそ〜!!」

オーダーを処理しながら、客の動向にも気を配る。

「……っ」

気がつくと、目の前の機械からはオーダー用紙が息つく間もなく出てきていた。

ま、まずい。オーダー用紙が止まらない。

「は、林さん。ヘルプお願いします!」

林チーフに助けを求める。

無理だと思ったら早めに声をかける。それが林チーフに言われていたことだった。

「了解!ヘルプ入ります。大丈夫か?」

「は、はい。なんとか……」

林チーフが来てくれた。彼は次々と出てくるオーダー用紙を一瞥すると、テキパキと肉の種類ごとに用紙を分け始めた。

「俺はカルビやロースをやるから、お前はこっちの焼きしゃぶカルビや骨付きカルビをやってくれ」

林さんはそう指示を出すと、機敏な動きで肉に味付けをして盛り付ける。

僕も後ろの冷蔵庫から焼きしゃぶカルビを取り出してタレを塗り、ブラックペッパーをふって味付けをする。

「十一番卓様おねがいします!」

林チーフに遅れないように動く。

今ではこうして肩を並べて、オーダーを処理することが出来ている。

最初の頃などは、ヘルプに来てくれた先輩やチーフが一人でオーダーを捌く姿を見ていることしか出来なかった。

そのことを考えれば、今の状況は進歩していると言ってもいい。

だが、僕の目標は西中さんやアンリさんのように一人でこのポジションを回せるようにすることだ。

“無理だと思ったら早めに声をかける”

そう言われているが、この言葉通りにしていたら、いつまで経っても一人で回せるようにならないだろう。

──歯痒い

僕はこの現状に焦りを感じていた。もっと挑戦したいが、それをすると怒られてしまう。どうすればいい……

そんなことを考えている内にピークは過ぎ、オーダーの数も少なくなってくる。

「じゃあ、俺はこれで行くよ。またやばくなったら早く呼ぶんだぞ」

林さんはそう言って肉を切りに行った。

「西中さん、どうやったら一人で回せるようになるんですかね?」

僕は隣の西中さんに声を掛ける。前回、同じ質問をしたことがあったが、不安からか、また西中さんに聞いてしまう。

「気にせんで大丈夫よ。ずっとやってたら出来るようになるけん」

不安な気持ちが伝わったのか、西中さんはいつもよりも優しげに答えてくれる。

「そう……ですか」

やはりまだ時間が必要ということか──

本当にそうなのだろうか……不安である。

一人で回す自分の姿が想像出来ない。

もしかしたら僕はこのまま一人でこのポジションを回すことは出来ないのかもしれない。

そんな後ろ向きな考えが首をもたげる。

「ほんとに大丈夫よ。俺も何年か掛かったけん」

西中さんは落ち込む僕を見て、念を押すように、自分も年単位で掛かったと励ましてくれた。

僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
どうやら気を遣わせてしまったみたいだ。

「ありがとうございます」と礼を言い、暗い表情を消す。

「そういえば、リッキーは何かしたいこととかあるん?」

と、西中さんは不意に話題を変えてきた。

やりたいこと──

「いえ、まだ分からないんです。何がしたいのか」

あの修学旅行から意識はしているものの、そう簡単に自分の”道”は見つからない。

「リッキー、もうすぐ三年生やろ。そろそろ進路のこと考え始めた方がええよ」

「そうですね……何がしたいのか……なかなか見つけられなくて」

僕は西中さんに本音を打ち明け始める。

「このままじゃ、ダメだって分かってるんですけど……」

そこまで言葉を紡ぎ、西中さんの方を見ると、彼は何かを考えるように顎に手を当てていた。

「リッキー、正義感強そうだし真面目だし、警察官か……それとも自衛官はどうよ?」

やがて口を開いた西中さんの口から出たのは、衝撃の言葉だった。

「……っ」

実は考えなかったわけではない。だが、自分には無理だと瞬時にその考えを切り捨てた。

人と話すことすらままならない僕に、自衛官など務まるわけがない。

「そう、ですね。憧れますけど僕には無理だと思います」

「そうか?結構似合うとると思うけどな……」

西中さんは残念そうに言うと、新規のオーダーの処理に取り掛かった──

バイトが終わり、自転車で細い道を走っていく。周りは田園風景が続いており、人は誰もいない。

僕は静かで心地の良い雰囲気に身を委ねながら、西中さんの言っていた”公安系”の公務員のことを考えていた。

公安系とは、社会の秩序や安全を守る業務を行う公務員のことである。実は密かに調べていたのだ。

公安系は主に警察官、自衛官、消防官、海上保安官などの職種がある。どの職業も僕には到底行くことが不可能な道だ。

それでも──

“憧れる”

ぶんぶんと頭を振る。

あの時、自分の信念も責任も、何もかもを捨てて逃げてしまった僕には、それらの道を目指す資格はない。また逃げてしまうのが目に見えている。

だが西中さんに言われたからだろうか、何度も諦めようとするのだが、それは頭に焼き付いて離れなかった──

──

チャイムが鳴る。

十分間の休み時間の始まりだ。

僕は机に突っ伏して目を瞑る。授業の後のこの時間は、僕にとって至福の時間である。

次第に微睡み始める。

「おい、次英語の時間だぜ。あいつが来るぞ」

「なにかして脅かしてやろうか」

……不穏な会話が聞こえてくる。どうやら吉田達みたいだ。

あいつ、とは英語教師のことである。その教師はよく吉田達を注意していたので、彼らからは嫌われている。

何をするのだろうか……

僕はすっかり目が覚めてしまっていたが、机に突っ伏しながら、その計画に聞き耳を立てていた。

四限目開始のチャイムが鳴り、クラスメイトは全員席に着く。

すると、赤田が皆に向かって話し始めた。

「おい皆!あいつが来る時に全員で寝たふりして困らしてやろうぜ!」

一部の生徒から歓声が上がる。

そして次々とクラスメイトが机に突っ伏し始めた。

僕はぐっと拳を握る。

──こんなことをして何が楽しいんだ

数秒後には教室で起きているのは僕だけになった。

赤田がそんな僕を見て怒鳴りつける。

「おいリック!お前もやれよ!」

「空気読めよ!」

吉田もそれに加わる。

僕は拳を握ったまま微動だにしなかった。

──こんなこと間違っている

皆が机に突っ伏して授業妨害をするのならば、せめて僕一人でも起きていよう──

密かに心に決める。

やがて英語教師が教室のドアを開ける。

「……!? な、なんだお前ら…‥またくだらんことを……」

英語教師は最初唖然としていたが、徐々に呆れたような表情になり、ため息を吐いた。

それも当然である。結局僕以外は全員机に突っ伏して寝たふりをしていたのだから。

結局、その授業の半分は説教の時間になった。

僕は説教を聞きながら思っていた。

西中さんの言っていた正義感が強いというのは、こういったところを指しているのだろうか。

だとしたら、少しは適性があるのか……

僕は本当は何がしたい……

答えは出ないまま、時間は過ぎていく──

──

「はぁ、はぁ」

二月、肌を突き刺すような冷たい風が、まるで意思を持ったかのように襲いくる季節。

僕は冷や汗を流しながら自転車を全速力で漕いでいた。

──遅刻だ

冷や汗が顔の輪郭に沿って滴り落ちる。

遅刻など初出勤の日以来だ。

あの時は道に迷っての遅刻だが、今回は授業が長引いた。

思えばあの最初の遅刻が原因で、それからしばらくは店長の態度が冷たかった。

また怒らせてしまう──

僕はさらに増した冷や汗を流しながらバイト先へと急ぐのだった。

「はぁ、はぁ、すみません!授業が長引いて遅れてしまいました」

バイト先に着き、扉を開けてすぐの場所に並んで肉を切っていた店長とチーフに謝罪をする。

「おう、慌てなくて大丈夫だぞ。リッキーはちゃんと来るって信用してるからな」

店長はあっけからんと言う。

「は、はあ、ありがとうございます」

以前とのあまりの違いに、僕は呆然としてしまった。

「リッキーみたいな高校生はそうそういないからな」

「……!」

これは褒められているのだろうか……

「いえ、僕みたいな高校生は他にもたくさんいると思いますよ」

僕は照れてしまって、素直その言葉を受け取ることが出来なかった。

そのまま僕は急いで更衣室に入り、着替える。

外から「いや、滅多にいないんだけどな」と言う声が聞こえてきた。

着替えながら、嬉しさに身を震わす。

僕は決して仕事が出来るわけではないのに、これほどまでに信用されているのはとても嬉しかった。

タイムカードを押し、持ち場に入る。

赤身肉の場所にはアンリさんが代わりに入ってくれていた。

「ありがとうございます。もう準備出来たので変わります」

「おう、リッキー。それじゃあ、あとは任せた。在庫は十分にあるから安心してくれよ」

アンリさんとポジション交代する。

「リッキーももう高三かぁ……早いなぁ」

肉を切っていた西中さんが感慨深そうに呟く。

西中さんは社員を目指しているのか、ここ最近店長やチーフから肉の切り方を教わっていた。

西中さんも将来を決めてるんだな……

僕はといえば、まだ自分の進路が決まっていなかった。

正確には、気になっている職業はあるのだが、自信がなかったのだ。

なれるわけがない──

カランカラン

客の来店を知らせるベルが鳴る。

僕ははっとして、腹から声を出す。

「ようこそ〜!!」

「「「いらっしゃいませ〜!!」」」

危なかった……もう少しで声を出し忘れるところだった。

意識を切り替えないと……

目の前のオーダーを捌くことに集中する。

肉を計量し、タレと油で味をつけて皿に盛り付けていく。

「二十一番卓様よろしくお願いします!」

オーダー用紙と一緒に盛り付けた皿を出す。

目の前の機械に視線を戻すと、オーダー用紙が次から次へと出ているところだった。

僕は息を一つ吐き、気合いを入れる。

今回は試してみたいことがあった。

以前、林チーフにヘルプに入ってもらっていた時に、彼のオーダーの捌き方を横目で見ていて気付いたことだ。

僕はテーブルの上に大きな皿を三つ同時に置く。そして違う卓番だが同じ種類の肉を一気に下から取り出して計量する。そのままその肉を味付けして、三つの皿それぞれに盛り付けていく。

「二十三、三十五、三十三番卓様よろしくお願います!」

僕は大きな皿を同時に三つ出すことが出来た。

これだけで目の前のオーダー用紙の数はかなり減った。

これならいける──

「リッキー、一人で出来とるやん。ヘルプは入らんでよさそうやな」

僕の動きを見ていた西中さんが、感心するように呟くのが聞こえた。


あとがき

第6節 憧れを読んでいただき、ありがとうございます。

この話では、ある職業への憧れと不安を描きました。憧れてはいるけれど、自分には不可能だと、無意識の内にその道を諦めてしまっていました。

そんな僕の進路はどのようものになるのか……是非次の話も読んで下さい。

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