
第2節 バイト面接
──どうしよう
僕は今、電話を見つめながら、番号を押しては消し、押しては消しといったとを繰り返していた。
こんなにも緊張しているのは、バイト応募の電話をしようとしているからだ。
電話などそれほどしたこともない上に、仕事の電話となれば、僕の緊張はピークに達して当然だ。
せっかく良さそうなバイト先が見つかったのに──
昨日のことを思い出す。
──
「ねえ、たまに行くあのスーパーでバイト募集してるらしいよ。高校生もできるんだって。応募してみたら」
母がポストに入っていた一枚のチラシを見ながら僕に提案する。
「え、ほんとに?ちょっと見せて」
母からチラシを受け取ると、そこには時々買い物に行くスーパーの名前と、でかでかと書かれたバイト募集の文字があった。
確かに十六歳以上の高校生も可と書いてある。
ここなら自転車で十分もかからないし、昔から知ってるから安心だ。
「いいなぁ。ここでバイトしてみたい……」
仕事内容は野菜の品出しと書いてあるから、人と喋るのが苦手な僕でもなんとかなりそうだ。
「じゃあ明日学校が終わったら、応募の電話してみるといいよ」
「……うん」
電話──
急に冷や汗が出てくる。
僕は電話が苦手だった。人と顔を合わせて話すのも、最近やっと出来るようになったところだ。
電話は相手の顔が分からないから、今相手がどんな感情で聞いているのかが全く分からない。声色で判断するしかない。それが恐ろしいのだ。
「……明日、電話してみるよ」
震える声でそう言った──
──
僕は今案の定、電話をかけられないでいる。
まず相手が電話に出たら「バイトの募集を見てお電話しました」と言うだろ。それから……
頭の中で電話での会話の流れを再確認する。
だが通話のボタンは押せない。
──このままじゃ埒があかない
「臆病者なりに頑張るって決めただろう」
僕は一息にボタンを押し、最後に通話ボタンも押す。
プルルルル プルルルル
呼び出し音が鳴る。
この時になると不思議と冷静だった。
まだか──
四回目の呼び出し音が鳴った時、ようやく相手が出た。
「お電話ありがとうございます。千代長谷店です」
「あ、あの、アルバイトの募集を見て、お電話しました」
「あ、わかりました。それでは店長を呼んできますので、少々お待ちください」
電話の保留音が鳴る。
どくり、どくり、と鼓動が高鳴るが、一つ深呼吸をする。
やがて保留音が鳴り止み、店長らしき壮年男性の声が聞こえてきた。
「店長です。バイトの応募ということでいいのかな?」
「は、はい!よろしくお願いします」
「じゃあ履歴書を持って、三日後の五時くらいに来れるかな?」
「はい!大丈夫です!」
「では、その日にまた」
「失礼します!」
電話を切る。
ふぅーーと長い息を吐く。
──やったぞ
暫くして、沸々と達成感が身体の内から溢れ出てくる。
バイト応募の電話をすることが出来たんだ。
以前の自分ならこんなこと出来なかった。
剣道部での経験は、こんなところにも出ているのか。
あの部活のことを思い出すと複雑な気持ちになるが、あの経験を通して、確実に成長できている。
──いい加減もう前へ進むんだ
そう心に刻み、急いで履歴書の準備をする──
──
三日後、僕はスーパーで品出しをしていた店員さんにバイトの面接に来たことを告げ、現在休憩室で店長が来るのを待っていた。
なんだかそわそわして落ち着かない。
その時、ガチャリと扉が開かれた。
開かれた扉からはメガネをかけていて、恰幅のいい男性が姿を現した。
「は、はじめまして!リックです!今日は、よろしくお願いします!」
席を立ち、挨拶をする。
「ああ、よろしく。さぁ、そこに座って」
「は、はい!」
僕はガチガチに緊張してしまい、ぎこちない動きで席に着く。
「緊張してるな。大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!」
「そうか?とりあえず今募集してるのは野菜の品出しだよ。君、野菜の種類分かるかな?」
「あ、はい。多少は……」
自信はなかったが、少しは分かるといった風に頷く。
「じゃあ、これは何か分かるかな?」
そう言って店長はずっしりとしたフォルムの、茎の色が白い黄緑色の野菜を見せてきた。
「え……は、白菜です!」
「じゃあ、次は……」
店長はすぐ横に置いてある段ボールの中から次の野菜を探している。
咄嗟に白菜と答えたが、当たっているのだろうか──
「これだ。分かるかな?」
次は鮮やかな赤色をしていて、形はピーマンに似ているものを出してきた。
これは──
「ぱ、パプリカです!」
よし!これは当たってるだろう……
店長は一つ頷くと、野菜をしまって話し出した。
「まあ、普通に分かるようだね」
「はい!」
僕は内心ほっと息を吐いていた。
「君は真面目そうだし、よく働いてくれそうだ」
「……!」
では採用、ということでいいのだろうか……
店長はじっと僕を見た後、続けて言った。
「でも悪いけど、まともに働けそうに見えないんだよね」
──!?
上げて落とされるとはこのことだろう。
これは不採用かもしれない──
「まあ、君はちゃんとしてそうだし、こちらもちゃんと検討してみるよ」
「は、はい!ありがとうございました!」
「失礼しました!」と言い、退室する。
家への帰り道、僕は肩を落としながら自転車を漕ぐ。
あれはほとんど不採用だよな……
でも……まだ決まったわけじゃないし、気長に待ってみよう。
そう気持ちに折り合いをつけて、帰路につくのだった──
──
「君、真面目そうだから真剣に考えたんだけど、今回は縁がなかったってことで」
「はい……ありがとうございました」
あの面接の日から三日経った頃、僕は電話でアルバイト不採用の旨を告げられていた。
「失礼します」と電話を切り、途方に暮れる。
まだ一回落ちただけなのに、もう受からないのではないのかと思ってしまう。
スーパーの店長に言われた一言。
“働けるようには見えない”
図星だった。
部活動であれだけ叱責されていたのだ。まともに仕事が出来るわけがない。
そう心のどこかで思っているからか、僕には自信がなかった。それが外見に出ているのだろう。
でもどうやって自信をつけたらいいのか分からない。
「はぁ……」
ため息を吐く。
とりあえずまたバイトに応募しよう。
僕はポストから取ってきたチラシを見る。
あまり良いバイトがない。
まず一六歳の高校生も募集してるところが少なかった。この前のスーパーが珍しかったのだ。
──受かりたかったな
頭を振る。
ダメだ。もう落ちたのだから、そんなことを考えても仕方がない。
そんなことを繰り返しながらアルバイト募集のチラシを探していると、母から声をかけられた。
「ちょっと来て」
「なに?いま忙しいんだけど……」
「お姉ちゃんの幼馴染の真里ちゃんが焼肉店でバイトをしてるんだって。もしよかったらリックもどうかなって言ってくれてるんだけど、お願いする?」
「え?」
面食らって間の抜けた声が出た。
「だから、紹介してくれるって」
「う、うん!お願いしたい」
棚からぼた餅とはこのことである。
まさか姉の友人がバイトを紹介してくれるなんて……
「じゃあ早速連絡してみるね」
母はそう言って、姉の幼馴染だという人物に電話をかける。
やったぞ。もしかしたらこれで決まるかもしれない。
でも面接はあるらしい。
唇をぎゅっときつく結ぶ。
次こそは──
──
薄暗い道を自転車で走る。
空は分厚い雲で覆われており、辺りは湿った匂いに満ちている。
雨が降る寸前の情景といったところである。
僕は今、ある焼肉食べ放題チェーン店の面接を受けに、自転車で向かっているのだ。
家からは自転車で二十分といったところである。近くはないが、それほど遠くもない。絶妙な距離だった。
そろそろ着く頃だ。
長い緩やかな下り坂を自転車で下っていくと、やがて二回建ての建物が見えてきた。
一階が駐車場になっており、その脇に二階へと続く階段がある。
僕はきょろきょろしながら一階の駐車場に自転車を停める。
そして階段を登り、自動ドアの前に立つ。
反応しない。
今度はノックをしてみる。
すると中から、まだ二十代半ばに見える腰に前掛けをした男性が出てきた。
「君、リックか。面接はそこのテーブル席でするから付いてきてな」
「はい!」
第一印象は、ハキハキと喋る爽快なお兄さんと言った感じだった。
席につくと、その店長は話し始めた。
「君、本山の幼馴染の弟なんだって?」
「は、はい!今回は紹介していただけるということで、こちらに来ました!」
ダメだ。緊張して相手と視線が合わせられない。
その様を見てなのか、店長は僕に質問をしてきた。
「君はなんでバイトをしようと思ったんだ?」
「社会経験を積みたかったからです!」
咄嗟にそう答えていた。
事前に家計が苦しくてという理由は、良くないといったことを聞いていたからだ。
店側としては、そんなに多くの給料を支払えないと判断されるためらしい。
「そうか。わかった!じゃあ、また連絡するからそれまで待っててくれ」
「はい!本日はありがとうございました!」
僕は礼を言う。
「あ、それと君、いつかはそれ直さないとダメだよ」
店長はそう言葉を付け足した。
店を出た後、あの言葉の意味を考える。
やっぱりおどおどしてるのを気づかれてたのか、それとも別のことか……
頭を悩ませながらも自転車に乗り、帰路につく。
「面接どうだった?」
家に着くと、母が心配気に面接の様子を聞いてきた。
「どうだろう?よく分からないよ」
本当に分からなかった。
聞かれたことといえば、どうしてバイトをしようと思ったのかだけで、それを聞かれたらすぐに終わってしまった。
僕はそれを母にも伝える。
「そう、それは分からないね」
母は不思議そうにしていたが、気にしても仕方がないと思ったのか、すぐに元の様子に戻っていた。
採用の電話が来たのは、それから一週間後のことだった──
──
どうしよう……
僕はまたもや途方に暮れていた。
先週面接をしてもらった店長からの電話に気がつかず、取り損ねてしまったのだ。
……これで不採用になったりしないよな。
母にこのことを告げると「早く折り返し電話しなさい!」と焦っていた。
だが、僕はまだ電話をかけられずにいる。
これで不採用になるのが怖かった。
このまま電話をかけなければ確実に不採用になるというのに……
震える手で携帯のボタンを押す。
プルルルル プルルルル
呼び出し音が鳴る。
ごくり、と固唾を呑む。
「お電話ありがとうございます。カルビ長谷店大石です」
「こんにちは。あ、あのこの間……面接をしたリックですけども。折り返しお電話しました」
「あ、この前はどうも。君には八月の終わりに来てほしいんだけど、来れるかな?」
え……さ、採用なのか……
「は、はい!行けます!」
「じゃあ三十一日の夕方五時から来てくれ」
「はい!分かりました!」
忘れずに日時をメモする。
「じゃあ、楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます!失礼します!」
電話を切り、喜びを噛み締める。
やった!受かったんだ!
母は僕の喜び様に、採用されたのが分かったのか笑顔で聞いてきた。
「受かったの?」
「うん!受かったよ」
「やったね!リックが頑張ったからだよ」
母も一緒に喜んでいた。
八月の終わりか……
一ヶ月以上も先だが、心の準備をしておこう。
もう、あの部活の二の舞にならないように……
僕は数ヶ月前の苦い記憶を思い出して、顔を顰める。
もう二度とあんな思いはしたくない──
そう思う僕の拳は、自然と強く握られていた。
あとがき
第2節 バイト面接を読んでいただき、ありがとうございます。
この話は、僕が初めて受けた面接の話になります。
この時の僕は電話を掛けることだけでも、手が震えるほど恐怖を感じていました。それを乗り越え、面接を受けても、かなり辛辣なことを言われてしまい、自信をなくしてしまいます。
そんな中、姉の知り合いの紹介で採用されたアルバイト。そこで一体どんなことが起こるのか……
次の話も読んでいただけると幸いです。

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