
病に冒され、先が見通せないまま、現場に立ち続けるしかなかった僕に――
優しい言葉をかけながら寄り添ってくれていた存在がいた。
それが、当時まだ交際2年目の彼女(現在の妻)だった。
彼女は、僕の病気が発覚する前から、体調のことをずっと心配してくれていた。
「根性がないだけ、甘えているだけ」――職場でそう言われていた僕の異変を、彼女だけは信じて、受け止めてくれていた。
病気が発覚してからは、一緒に病院に通ってくれたり、
暑い日には涼しい場所で過ごすよう配慮してくれたり、
彼女は本当に献身的だった。
僕は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「しばらく仕事を休んだほうがいいんじゃない?
私は、あなたの体調が心配なの」
彼女は何度もそう言ってくれていた。
けれど――僕は、その優しさを素直に受け取ることができなかった。
すでにバセドウ病の診断後に、少しの間だけ休ませてもらっていた。
それ以上休むとなると、今度こそ職場の信頼を失ってしまう気がしてならなかった。
造作大工という仕事は、歩合制だ。
仕事を休めばその分だけ収入は減り、現場での信頼を損ねれば、次の依頼は来ないかもしれない。
なにより――
僕は彼女との“結婚”を真剣に考えていた。
そんな中で、仕事を失うかもしれない選択は、どうしてもできなかった。
でも、それ以上に僕を苦しめていたのは――
「バセドウ病を患った自分と一緒になって、彼女は本当に幸せになれるのか?」
「この関係を続けていて、彼女を不幸にしてしまうんじゃないか?」
そんな疑問が、静かに、けれど確かに頭をもたげていた。
ある日、僕は彼女にこう尋ねた。
「なぜ、こんな病気を持った僕なんかと、まだ一緒にいてくれるの?」
彼女は少し間を置きながら、静かに語りはじめた。
「正直ね……バセドウ病って聞いたとき、すごく悩んだよ。
支えきれるかどうか、自信がなかった。
でも……それでも、あなたと一緒にいたいって思ったの」
彼女は、僕のために多くを抱え、言わずに耐えていてくれた。
その時、僕は改めて思い知ったのだ。
彼女の優しさと、どれほど支えられてきたかを。
僕は、ずっと心に引っかかっていた想いを、思い切って口にした。
「君は本当に、僕といて幸せになれるのかな……
病気の僕じゃ、君を幸せにできないんじゃないか……」
彼女は、少しだけ考えて、こう答えた。
「私はね、あなたと一緒にいると落ち着くの。
そして――ちゃんと、幸せだよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸がいっぱいになった。
嬉しさと、安堵と、何かに許されたような気持ちに包まれた。
これまで、彼女とは何度も衝突をしてきた。
感情の起伏が激しくなった僕は、彼女にやり場のない怒りや悲しみをぶつけてしまうこともあった。
それでも、彼女は変わらず、僕のそばにいてくれた。
――この人と生きていきたい。
その想いは、これまで以上に強く、揺るぎないものになっていた。
そして、僕は彼女と共に歩む未来のために、
「この病と向き合いながら、生きていく覚悟」を固めたのだった。
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