
第4節 心
アルバイトの初出勤から一週間後、今日は二度目の出勤だ。
以前のように道に迷って遅刻するようなことはなく、今回は時間通りに出勤できた。
今は開店時間の少し前。
スタッフ皆で集まり、少し遅い朝礼をしている。
「では、先週から新しく入った子を紹介したいと思います。リック、自己紹介して」
店長が僕に自己紹介をするように促す。
僕は緊張しつつも前に出て、自分の名前と意気込みを告げる。
「リックです。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、頑張りますのでよろしくお願いします!」
パチパチと拍手が聞こえてくる。
僕は何度も頭の中で反芻していたことを上手く言えて安堵していた。
「よろしく!リックだったらリッキーだな」
髪を肩くらいまで伸ばし、身長が低い大学生くらいの男性が言う。
とてもノリが良く、明るい雰囲気だ。
「それでは、今日も頑張っていきましょう!」
店長はそう言って朝礼を締めた。
皆、持ち場に行く。僕も以前言われた赤身肉の場所へと向かう。
「今日は俺と一緒だな。リッキーよろしく!」
持ち場に着くと、先程の明るい雰囲気の人物もそこにいた。
どうやら今日はこの人物と二人で赤身肉を担当するらしい。
僕ではまだ一人でこのポジションを回せないので、とても助かった。
「俺のことはアンリって呼んでくれよ。皆そう呼ぶんだ」
アンリ……変なあだ名だ。
「じゃあ、アンリさんって呼ばせてもらいます」
僕は一瞬迷ったが、無難にさん付けで呼ぶことにした。
カラン カラン
客が来店した時に鳴るベルの音だ。
そのベルが鳴ると、
「ようこそ〜!」
店長が大きな声で言う。
「「いらっしゃいませ〜!」」
店長に続き他の従業員も大声で挨拶をした。
やはりここは元気が良い。
初日にも思ったが、ここにいる従業員は明るい性格をした人物が多い。
よく僕が受かったな──
本当にそう思う。
僕はどちらかというと明るくはない。むしろ暗い部類に入ると思う。そんな僕が紹介とはいえ、この職場に採用されたなんて未だに信じられない。
「リッキー。オーダー来たよ。やり方分かる?」
「は、はい。分かります」
見れば、目の前の棚に取り付けられている機械からオーダー用紙が数枚出ていた。
僕は前回教えてもらった通りに、それを確認し、肉を計量する。そしてタレに絡めて皿に盛り付ける。
オーダー用紙を機械から取り、盛り付けた皿と一緒に前方のカウンターに出す。
「三十三番卓様よろしくお願いします!」
すると、ホールスタッフが取りに来てくれた。
「リッキー、頑張れよ」
ホールスタッフはそう言って、テーブル席まで皿を運んで行った。
優しいな──
まだ入ったばかりだが、ここの人達は優しい人物ばかりだと思う。
ここならやっていけるかもしれない──
僕は胸に小さな期待を灯した。
──
「二組様お座敷にご案内!」
また客が来店したようだ。これで何組目だろう。
今日は平日だというのに、客足は途切れることがない。
オーダーはもう既に僕の手には負えなくなっており、今はアンリさんが一人で回している状態だ。
僕はやることがなく、ただアンリさんの動きを見ていることしか出来ない。
「ほら!皿が少なくなってきてるぞ!さっさと補充する!」
キビキビと動いていた店長が、一人ぽつんと立っているだけの僕に指示を出す。
「あ、はい!」
僕は急いで洗い場に行き、既に洗い終えている皿を持って戻る。
「ほら!他にもやることあるぞ!ぼさっとすんな」
「は、はい!失礼しました!」
焦る僕はきょろきょろと出来そうなことを探すが、皆とても忙しそうにしており、僕が動けば却って邪魔になってしまいそうだった。
出来ることがない。
それでも店長の目を気にして、おろおろと仕事を探すことしか出来なかった。
これじゃ、僕がいる意味がない──
自分の無力さを痛感する。
結局、僕は皆が忙しく動いているのを、ただ見ていることしか出来なかった。
──
「ふぅ、ようやく落ち着いたな。大丈夫か?リッキー」
忙しさのピークが過ぎ。徐々にキッチン内が落ち着き出してきた頃、アンリさんは僕に気遣うように声をかけてきた。
「はい、大丈夫です。何も出来なくて申し訳ないです」
「まだ入ってきたばっかなんだから、気にすんなよ」
そう言ってアンリさんは僕を元気づけるように笑ってくれた。
「そうよリッキー。まだ始まったらばっかりけん。気にせんでええよ」
「はい!ありがとうございます!」
西中さんもアンリさんに続いて僕を励ましてくれた。
西中さんは体格が大きく、まるで熊のような見た目だが、外見とは裏腹にとても優しかった。
「リッキー」
その時、僕を呼ぶ声があった。
振り返ると、そこには背の低いアンリさんより少し大きいくらいの背丈で、店長と同じ社員の名札を付けた林チーフがいた。
林チーフはホールの方にヘルプに入っていたのだが、どうやらキッチンに戻ってきたらしい。
「今のうちにスライサーの使い方を教えるよ」
「スライサーですか?」
「焼きしゃぶカルビや塩タンを刷る機械のことだよ。さぁ、行こうか」
そう言って、チーフは僕をスライサーが置いてある出口付近に案内した。
「肉をここにセットして、このレバーで固定する……」
スライサーの使い方を教えてもらいながら、僕はチーフに尋ねる。
「あの、本山さんって今日は来ないんですか?」
本山さんとは姉の幼馴染のことである。
彼女が僕を紹介してくれたのだ。できれば直接会って礼を言いたい。
「ああ、本山はあんまり入ってないからな……今日もあいつは入ってないよ」
「そうですか……」
残念だ。いつ頃会えるのだろうか……
「リッキー。もう時間だから、上がろうか」
しばらくスライサーをしていたのだが、いつの間にか終わる時間になっていたらしい。
高校生である僕は、二十二時までしか働けないのだ。
タイムカードを押し、上がりの挨拶をする。
「お疲れ様でした!お先に失礼します!」
「「「おう!お疲れリッキー」」」
皆、大きな声で返事をしてくれた。
なんだか温かいな──
ここのところ、心が荒むような出来事ばかりだったので、その温かさは心に染み入ってくるようだった。
──
あれから一ヶ月が経ち、職場にも慣れ始めてきた頃。
「お前、見てないところで手抜いてんの知ってるからな」
低い声で店長にそう言われた。
今は朝礼が終わったところで、今から持ち場に行こうとしていた。
──誤解だ
確かに僕には波がある。
オーダーを捌くのも、最初はまだ余裕があるため、全力で動くことが出来る。だが時間が経つにつれ、次第に疲労が溜まっていきペースが落ちるのだ。店長はそれをこっそり見ていたのだろう。
弁明をしたかったが、経験上こういったことは口で言っても聞いてもらえないので、僕は黙っていることしか出来なかった。
「……」
アンリさんはそれを黙って見ていた。彼にも誤解されたかもしれない。
ぐっ……
僕は心の中で唇を噛む。
なんとか……仕事で証明するしかない。
僕は持ち場である赤身肉に着き、タレや油の準備、肉の在庫のチェックを出来る限りキビキビとやっていく。
そうこうしている内に、客が一気に三組来た。
「ようこそ〜」
「「「いらっしゃいませ〜!」」」
心の準備をする。
やがて、オーダーの音が鳴り、用紙が出てくる。一気に下のシンクにまで用紙が届きそうな勢いだ。
僕はその用紙を見て、肉を準備する。
もっと動作を早くするんだ。
店長にあの言葉は違うと証明するために──
やがて席が全て埋まり、オーダーの量もピークを迎える頃。
「リッキー。大丈夫か?」
隣で白身肉を担当しているアンリさんが聞いてくる。
「は、はい!」
僕はそう返事を返すことで精一杯だった。
これはダメだ──
ま、回せない。
僕は軽く絶望を覚えていた。
その間にも、オーダー用紙は増え続けていく。
「西中さん、ヘルプー!」
アンリさんが叫ぶ。
一人で回せなくなった僕を見たアンリさんが西中さんを呼んでくれた。
「リッキー。俺が入るから安心せぇ」
「あ、ありがとうございます」
まるで地獄から一気に天国へ引き上げられたかのような安心感だった。
「こういう時は落ち着いて対処するのがいいんよ」
西中さんは落ち着いた動作でオーダーを処理していく。
それを見ていると、不思議と僕も肩の力が抜けて落ち着くことができた。
「リッキーはこっちのオーダーを頼むよ」
西中さんはそう言って、盛り付けがしやすいオーダーを僕に渡してくれた。
「はい!任せてください!」
僕はそのオーダーを、精一杯の速度で捌いていく。
「もう終わりが見えてきたけん、頑張れコッシー」
「は……はいっ!」
西中さんの言葉通り、オーダー用紙はあと数枚残っているだけだ。
──すごい
先程までオーダー用紙で溢れかえっていたのに、あっという間に捌き切ってしまった。
「ありがとうございました!」
残りの数枚のオーダーも出し終わり、西中さんに礼を言う。
「どうやったらそんなに早くオーダーを捌けるんですか?」
僕は早くオーダーを捌くコツを西中さんに聞いてみる。
「んー、長くやっとったら自然と出来るようになっとったわ」
「そ、そうですか……」
長くやってたら出来るようになるのか……
その時、突然声をかけられた。
「リック君だよね」
僕はその声の方へ振り返る。
「も、本山さん!?」
僕を紹介してくれた本山さんがそこに立っていた。
「リック君、もう仕事慣れた?」
「は、はい!あの……紹介していただいて、ありがとうございました!」
「いいのよ、気にしないで。分からないことがあったらなんでも聞いてね」
本山さんはそう言って朗らかな笑顔を浮かべている。
いい人だな──
ここは本当にいい職場だと思う。
人はとても優しいし、明るい。
冷え切っていた心が解けていくようだ。
やがて僕が上がる時間になり、タイムカードを押す。
「お疲れ様でした!お先に失礼します!」
「「お疲れ〜!!」」
更衣室へ向かおうとすると、ホールスタッフの吉さんが水を持ってきてくれた。
「リッキー、疲れただろ。これ飲みなよ」
「あ、ありがとうございます」
僕はそれを受け取り一気に飲み干す。
乾いていた喉に心地のいい冷たさが喉を潤す。
吉さんはそれを見ると笑顔で頷き、仕事に戻っていった。
本当によく気がつく人だ。
吉さんは僕と同じくらいの身長で、髪をオシャレに染めており、ハンサムな顔をした大学生だった。
更衣室で服を着替えて外に出る。
僕は心なしか温かくなった胸で帰路についた。
──
昼休み終了のチャイムが鳴る。
これから五限目の授業が始まろうしていた。
僕は机に座りながら、小見山先生が朝言っていたことを思い出す。
確か、修学旅行のことについての説明をすると言っていた。
僕は密かに胸を高鳴らせていた。それは修学旅行先が原因である。僕たちの学校は私立だからなのか、なんとアメリカに行くのだ。
海外に行くのは初めてだった。
どんなところなんだろうか──
まだ見ぬ人や大地を想像すると、それだけで胸が躍る。
何か──漠然とした予感がする。
それは良い予感か、それとも悪い予感かは分からないが、何かが起こりそうな気がするのだ。
もしかしたら、初めて海外に行くということで、少し感傷的になっているのか……
高校二年生のこの時期、そろそろ進路も考え始めないといけない。だが僕にはまだ何も将来のことが見えていないのだ。その焦りもあるのかもしれない。
僕が思考を続けていると、ガラガラと扉を開ける音がした。
「さあ、五限目の授業始めるぞ!日直!」
小見山先生が教室に入ってくるなり、授業開始を宣言した。
「起立!礼!」と日直が号令を掛ける。
「それじゃ、朝話した通り修学旅行の説明をする。寝ずに聞いとけよ!」
説明が始まった。
「まず、期間は一週間だ!行き先はアメリカの西海岸。ロサンゼルスとサンフランシスコに行く」
──ロサンゼルス
聞いたことがある。確かハリウッドスターの手形があるところだ。
「ロサンゼルスにはこの学校の姉妹校がある。そこに行って”異文化交流”をする」
周りから「ええーー、だりぃー」という声が聞こえてくる。
僕も不安だった。
その学校の生徒はやはり英語を話すのだろう。当然だが僕達は英語なんか話せない。果たして交流になるのか。
「静かに!向こうには日本語が話せる学生が通訳してくれるらしい。安心しろ!」
小見山先生が僕の不安に答えてくれるように皆に言う。他のクラスメイトはまだ不満があるようだが、僕は今の言葉で不安は払拭できた。
「ちゃんと、日本の土産準備しとけよ!向こうも準備してくれてるらしいからな!」
「お土産ってどんな?」と秋田が質問する。
「そりゃ日本の物だよ。金とかどうだ?特に五円なんかの真ん中に穴が空いた金は、向こうにはないからな」
小見山先生は良いこと思いついたと、得意気になって話す。
お金で本当に良いのか──
僕は半信半疑でそれを聞いていたが、中には納得しているクラスメイトもいた。
お土産か……切手と扇子なんかどうだろうか。日本独自の物で手に入れやすい。
……先生が言っていたお金はやめておこう。
僕は頭の中で何を買うかを決めながら、胸を躍らせていた。
それからしばらく小見山先生の説明を聞いていると、五限目終了のチャイムが鳴る。
「おっ、もう終わりか……お前ら、ちゃんとパスポート申請しとけよ!」と小見山先生が最後に付け足し、授業が終わった。
僕はトイレに行こうと席を立ち、廊下に出る。そのままトイレまで廊下を歩いていると、途中で見知った顔を見つけた。
──鳥田コーチ
それはあの剣道部の鳥田コーチだった。
彼女とはあれきり一度も顔を合わせることはなかった。
ど、どうしよう──
僕は内心慌てふためいていたが、鳥田コーチがこちらを既に認識していたようだったので、努めて冷静に挨拶をする。
「こんにちは……お久しぶりです」
挨拶をすると。コーチは少し笑い顔を作りながら、悪戯っぽく僕に言う。
「久しぶり。どう?バイト頑張ってる?」
「は、はい!なんとかやってます」
予想外の自然なその振る舞いに、声がうわずってしまった。
「そっか……頑張ってるんだ。こっちはリックが辞めた後すぐに高井が辞めてね、今は森田と山田が頑張ってるよ」
「……! 高井が?」
予想外のその名前に、思わず聞き返してしまった。
「そ、今は学校辞めて家業を手伝ってるみたい」
驚いた。まさか学校まで辞めているとは……
確かに最後に見た彼は、何か思い詰めていそうな感じだった。
「ま、皆頑張ってるってことか。じゃあね。また話しかけてよ」
そう言って鳥田コーチは去っていった。
僕は複雑な気持ちを抱えながら、その背を見送った。
気を遣ってくれているのだろうか──
少なくとも、今接した感じでは、少しも重苦しい雰囲気はなかった。
だがコーチも内心複雑な気持ちを抱えているのではないだろうか。”休部”という曖昧な状態の僕に対して、どう接したらいいのか分からないのだろうと思う。
もう見えなくなった背にお辞儀してトイレに向かった。
──
「お前、来週の火曜日入れるか?」
店長が冷たい声を出しながら無表情で問いかけてくる。
「あ……入れます……」
断ることも出来ずに頷いてしまう。だがその日にバイトを入れてしまえば八連勤になってしまう。
──辛いな
店長が僕を嫌っているのは明らかだ。なにせ僕に話しかける声が絶対零度の冷たさなのだ。正直、店長がそばにいるだけで萎縮してしまう。
僕は手を震わせながら、肉を盆の上に並べていく。
今は仕込みの時間だ。朝から店長の切った肉を盆に並べて、開店までの準備をしているのだ。
「リッキー、上の皿取ってくれ」
「は、はい」
頭上を見上げる。店長が言っている皿は一番上にあった。台に手をつき、背伸びをして皿を取る。
──瞬間
視界が揺れた。
何かが腰付近に当たったのだ。僕は大きく仰け反りながらも、体勢を立て直す。
「お前、それ売りもんだぞ!」
店長が振り抜いた足を戻す。
どうやら店長にローキックをされたらしい。
「し、失礼しました!」
それに気づいた瞬間、僕は反射的に謝罪していた。見れば、僕の手の下には並べていた肉があった。
──やってしまった
思い出すのは中村先輩のことだ。
あの時も唐突に視界が揺れたと思ったら、次の瞬間には壁に叩きつけられていた。
身体が震える。
また同じじゃないか。つまらないミスをして、嫌われて──
店長は無言で再度肉を切り始める。
僕は俯き、唇を噛みながら肉並べを再開した。
静かに肉を並べていると、店長が口を開いた。
「そういえば……この後、皆で集まってミーティングがあるから、お前も出ろよ」
「は、はい!」
ミーティング──何をするのだろうか。
この後ということは、仕込みが終わった後の休憩時間だろう。
何をするにしても、早くこの時間が終わって欲しい。
切実にそう願うのだった。
──
「それじゃあ、ミーティングを始めます!」
座敷の席の、一番前に立つ店長がミーティングの開始を宣言する。
「まず初めに、ユッケが禁止になります。他の焼肉店でユッケを出して、お客様が食中毒を起こしたそうです。その影響を受けて、うちも禁止になりました」
座敷に座りながら店長の話を聞いていく。
「続いて、最近の”気付き”がある人は手を挙げて下さい」
店長がそう言うと、複数の手が挙がる。
「──じゃあ、竹山」
店長がホールスタッフの女性を当てる。
「はい、リッキーが頑張ってて凄いなって思いました」
「……!」
僕のことを言っているのか?
「じゃあ、次は吉」
店長は次に吉さんを当てた。
吉さんはこちらをちらりと見て微笑んだ。
「リッキーが必死にオーダーを捌いてる姿を見て、僕も頑張らないとなって改めて思いました」
胸が温かくなる。
「次、アンリ」
「リッキーが声を必死で出してる姿を見て、僕もやる気を貰いました」
心の中にある冷たい何かが溶けてゆく。
「……っ」
声が出なかった。
皆、僕のことを言ってくれている。
こんな……失敗ばかりの僕のことを、これほどまでに褒めてくれるなんて──
店長は皆が僕のことを讃えているので呆然とした顔をしている。
「リッキーって頑張ってるんだな……」
そう、店長が呟くのが聞こえた。
──
今日一日が終わり、僕は帰路につく。
自転車を漕ぎながら今日のことを思い返して、思わず笑みが溢れる。
あのミーティングの後、店長の僕に対する態度が明らかに柔らかくなっていた。おそらく皆の言葉が、店長の僕への認識を変えたのだろう。
そして、僕自身にも変化があった。
前までは人と話す時、少なからず恐怖を感じていたのだが、今日はそれがなかった。
自分でも驚くほど自然に話すことができ、笑えていたのだ。
それはまるで、長い間凍りついて麻痺していた心に血が通い、熱を持って脈動を始めたような感覚だった。
優しいあの人達のためにも、頑張るぞ──
今までとは全く違う”やる気”の源が湧いてくる。だが不思議と、それは心地よかった。
あとがき
第4節 心を読んでいただき、ありがとうございます。
この話は、アルバイト先での人の温かさに触れ、知らずに築かれていた心の壁が崩れていくところを描きました。
僕の初めてのバイト先は、本当に人が温かく、当時の僕は「こんなところもあるのか」と、ただただ驚いていました。それまで厳しい環境に身を置き、心がすり減っていた僕は、その温かさに触れて初めて、恐怖の感情抜きで人と話すことが出来るようになりました。そんな僕がどうなっていくのか……
次回も読んでいただけると嬉しいです。

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