第一章 剣を捨てた日【第1節】確かな一歩

歩みの記録
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第1節 確かな一歩

「すうぅーーーはぁぁ〜〜」

僕は今、剣道場のある建物の1階で深呼吸をしていた。

この場所は、校舎から歩いて10分ほどの距離にある、古い3階建ての建物で外壁は赤く、所々蔦が絡みついていた。

剣道場はそこの2階にあるのだが、僕は先程から1階と2階を行ったり来たりしながら、気持ちを落ち着かせているのだ。

――せっかくここまで来たのに…

なかなか剣道場に入る勇気が出せない。

2階に上がって扉の前に立つと、そこから足が先に進まないのだ。

ただ時間だけが静かに過ぎてゆく――

“とにかく気持ちを落ち着かせないと”

まるで現実逃避するかのように、僕は今日の出来事を思い返した――

――入学式の翌日である今日、学校に登校した僕はまず剣道部の募集のチラシを探した。

チラシは校舎の1階ホールの掲示板に貼り付けられていて、すぐに見つけることができた。

チラシには初心者も受け入れていることと、剣道場の場所までの地図が書かれていた。

「よし!」 と僕は心の中でガッツポーズをした。

この学校の剣道部は強豪校なので、経験者しか受け入れていないかもしれないと、内心不安だったのだ。

「場所は校舎の中じゃないな」

地図には、校舎から少し離れた場所に印が付けてあった。

僕は学校が終わってから、その印が付いている場所に向かおうと思い、教室へと向かった。

教室に着くと、まだ名前も知らないクラスメイト達がちらほら来ていて、各々時間を潰していた。

中にはもう既に仲良くなっているグループもいて、自分にはとても真似できないと、自嘲めいた考えが浮かんでは消えていく。

“何を話したらいいのかわからない”

“そもそも1人の方が楽だ”

結局僕は、他のクラスメイト達が仲良くなっていく中、誰にも話しかけずに、机に座りながらただ時間が過ぎるのを待っていた。

「それじゃ朝礼始めるぞ」

しばらくすると、小見山先生が教室に入ってきた。

小見山先生は180cmは超えているであろう長身に、声が大きく、歯に衣着せぬ物言いをするので、見ているだけでもおもしろい先生だった。

「お前らまだお互いの顔と名前が分からない奴が多いだろ。

というわけで今から自己紹介するぞ」

自己紹介、僕の苦手な行事の一つだ。

僕は人の前で何かをして注目を浴びるのが大の苦手なのだ。

小学生の頃などは、そのことは周知の事実だったのか、教師たちも何も言わずに僕の番だけ教師側から紹介されたりしていたものだ。

――けれど今は高校生

人前で話すことから逃げていては、一生変わることは出来ないだろう。

そんなことを考えているうちに、僕の番が近づいてくる。

ドクン、ドクン、

緊張で心臓が脈打つ。

前の席の人物が終わり、僕の番が来た。

僕は席を立ち、声を絞りだす。

「リ、リックです。よろしくお願いします」

自己紹介を終えて席に着く。

“うまく言えただろうか”

今の紹介に何かおかしいところはなかったか。声はちゃんと聞こえただろうか。

頭の中で一人反省会が開催される。

僕は、こうなったらしばらくは自分の中から出て来れない。

我ながらいろいろと前途多難な少年だったのだ。

――でも

“少しずつでも、勇気を出していくんだ”

僕の中には小さいけれど、確かな勇気の灯火があったのだ――

――そこまで思い出して、僕ははっとした。

「そうだ、勇気を出すと決めたじゃないか」

僕の頭の中に、あの主人公の背中が浮かんでくる。

「すうぅーーーはぁぁ〜〜」

もう一度深呼吸をする。

――そして

僕の足は剣道場のある2階へと、確かな1歩を踏み出したのだった。

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